385 「青函連絡船」空襲により全滅。

昭和20年7月14日・15日・8月10日、太平洋戦争末期、空母エセックスを旗艦とするアメリカ海軍機動部隊の艦載機による「青函連絡船」空襲が行われた。7月14日の空襲では、翔鳳丸・津軽丸・飛鸞丸・第二青函丸・第三青函丸・第四青函丸・第十青函丸が撃沈され、松前丸・第六青函丸が炎上し、第七青函丸・第八青函丸が中破航行不能となり、翌15日の空襲では、第一青函丸が撃沈された。また、8月10日の空襲では、亜庭丸が撃沈され、この3回の空襲で、死者・行方不明者425名、負傷者72名を出し、「青函連絡船」はほぼ全滅という大損害を受けたのである。なお、日本軍の迎撃は一切なかったいわれている。8月15日には、75回目の終戦記念日がやってくるが、戦争は絶対にやってはいけないと、あらためて思う。

●函館市内にある「青函連絡船殉職者慰霊碑」P8091348.JPG
●青森市内にある「青函連絡船戦災の碑」P8091351.JPG

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