旧国鉄函館本線の渡島大野駅(現:新函館北斗駅)にあった「補機待避線」。
今日は、「旧国鉄函館本線の渡島大野駅(現:新函館北斗駅)にあった“補機待避線”」の話題を一つ。旧国鉄函館本線の渡島大野駅(現:新函館北斗駅)には、かつて「補機待避線」があった。これは、隣駅の『仁山駅』までの急勾配区間(20‰)を補助するための蒸気機関車(補機)を待避させるための線路である。ちなみに「渡島大野駅」は、明治35年に“本郷駅”として開業、昭和17年に「渡島大野駅」に改称、平成28年に“新函館北斗駅”に改称された。この駅を通る函館本線は、七飯駅と大沼駅の間に急勾配区間の〈仁山越え〉があり、特に上り列車は補助機関車が必要で、そのため、昭和30年頃から昭和40年頃にかけて、蒸気機関車1両分の「補機待避線」が設置されていた。なお〈仁山越え〉は、北海道有数の鉄道名所として知られていたが、昭和41年10月に緩勾配の新線(通称:藤城線)が七飯駅と大沼駅(旧称:軍川駅)間に完成したことで、補機の必要性が減少した。そして藤城線は、主に下り列車や貨物列車のルートして利用され、函館本線の輸送力増強に貢献した。
●旧国鉄函館本線時代の「渡島大野駅全景」(左側の側線は、青函連絡船が嵐等で航行できない時の「貨車留置線」である)
●20‰の急勾配を補機に押されて走行する急行「ていね」
●現在の「仁山駅」(今年 3月のダイヤ改正で廃止される)
●「新函館北斗駅」の全景
●旧国鉄函館本線時代の「渡島大野駅全景」(左側の側線は、青函連絡船が嵐等で航行できない時の「貨車留置線」である)
●20‰の急勾配を補機に押されて走行する急行「ていね」
●現在の「仁山駅」(今年 3月のダイヤ改正で廃止される)
●「新函館北斗駅」の全景
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